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《米中AI覇権争いの真実》大国の興亡と汎用技術拡散の歴史
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General Session
IAPP Global Privacy Summit 2025 現地レポート[Vol.4]
本記事は、ワシントン大学政治学部の助教授によるセッション「地政学から見るAI覇権の勝利への鍵」についてのレポートです。
企業の競争戦略の観点でも考えさせられることが多い、興味深い内容となっています。
◆ この記事でわかること
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・米中AI競争の行方を、地政学と歴史から読み解く。汎用技術拡散モデルが示す、覇権を決める本当の鍵とは何か?
・米国の成功と中国の課題を、技術拡散・人材育成の視点から分析すると見えてくる、AI覇権の未来とは。
・新技術への信頼構築の重要性とは。
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登壇者
Jeffrey Ding, Assistant Professor, George Washington University

転載:IAPP Global Privacy Summit 2025
序論:チェス盤に見るAI競争の錯覚
「米中、どちらがAIの軍拡競争に勝つのか?」 多くの人が思い浮かべるのは、技術的リーダーシップを巡る地政学的なチェス盤のイメージでしょう。しかし、このイメージは、別の側面でも重要な示唆を含んでいます。今のAI技術競争についての議論がいかに混乱しているかを象徴しているのです。
私たちは一体、何を巡って競争しているのか――その本質を誰も正確には理解していないのです。
ここで一つ、議論の出発点を紹介します。
中国の習近平国家主席は、「第4次産業革命」をテーマとしたBRICSサミットにおいて、過去の3つの産業革命が人類の発展にどのような影響を与えたかを振り返りました。特に過去の産業革命で、どの国が最も生産性の高い先進国となったかを「生産性リーダーシップ」という言葉で問いました。
歴史が示す技術革新と大国の興亡
歴史家ポール・ケネディの代表作では、大国の興亡のパターンが描かれています。 ここでは、技術変革の違いが経済成長率の差を生み、最終的には経済的主導権が地政学的・軍事的影響力へと移行するプロセスが示されています。
私が特に関心を持っているのは、この最初のステップです。従来の興亡のパターンの通説の中心はイノベーションに置かれています。イノベーションが急成長する産業で独占的地位を築く国が、世界的リーダーとなることが広く信じられている考え方です。
この考え方は、私がいる政策立案の世界でも大きな影響力を持っています。技術革新によって誕生する主要産業が経済成長を牽引するとされており、第一次産業革命における紡績機械、自動車産業、そして今日における電気自動車や量子技術がその例です。
汎用技術(GPT)がもたらす新たな視点
しかし、私の考えは異なります。技術革命が大国の興亡に与える影響は、単一の産業や主要セクターに限定されるものではなく、「汎用技術(GPT:General-Purpose Technology)」によってもたらされると考えています。
たとえば、「電気」はGPTの典型例です。電気は特定の産業だけでなく、社会全体の幅広い分野に変革をもたらしました。想像してみてください。電気自動車が自動車産業を変え、AIはその電気自動車産業自体を変革する力を持っています。AIはより幅広い産業に影響を及ぼす「汎用技術」なのです。
他産業への波及効果の大きさが、私たちがAIに注目する理由です。
国家が取るべき戦略は「独占」ではなく「拡散」
もし重要なのが汎用技術だとすれば、国家はその技術をどう活用すればよいのでしょうか?
私が重視しているのは、教育と訓練システムの整備です。汎用技術に関連するエンジニアリングスキルの裾野を広げることで、経済のさまざまな応用分野に技術を拡散できる体制を作るのです。
この枠組みにおいては、単に成長産業でのイノベーションを独占する「短距離走」ではなく、イノベーションを多様な産業へ広げていく「長距離走」のアプローチが求められます。技術を普及させるチャネルや連携体制の整備が不可欠なのです。
第二次産業革命:1870年〜1914年の分析
この理論を、第二次産業革命(1870年〜1914年)に適用してみましょう。通説であるイノベーション中心の視点は、「どの国が最初に画期的な技術革新を生み出すか」に注目します。そのためには、以下が重要視されます。
成長産業での利益を独占するための制度設計
先端研究開発(R&D)への最大限の投資
優秀な科学者・技術者の育成
技術漏洩を防ぐ厳格な知的財産保護
これに対し、「汎用技術の拡散モデル」では異なる要素が重要となります。拡散とは、技術がユーザー層に広がる過程そのものを指します。そして汎用技術の利用者は経済全体です。電気自動車は輸送手段という一つの用途ですが、汎用技術であるAIや電気は、全産業に関わる可能性を秘めています。これこそが汎用技術と非汎用技術との大きな違いです。
汎用技術の拡散には50年を要する
歴史家や経済学者は、汎用技術が経済全体に広がるまでに数十年を要することを確認しています。たとえば、第二次産業革命で登場した「発電機」は、50年後の1920年代になってようやくアメリカ経済全体に生産性向上をもたらしました。そのため、汎用技術に関しては「独占」よりも「拡散」のプロセスをたどる方がはるかに重要なのです。
現在のAI競争でも同じことが言えます。イノベーションリーダーシップが争われるのは当然であり、中国にはDPCのような先端企業や、清華大学のような最前線の大学もあります。
アメリカがAIのイノベーションを独占することはできません。むしろ、差が生まれるのは「模倣と拡散」、つまり世界中で生み出されたものをいかに吸収し、大規模に展開できるかという点なのです。
国家は専門職への人的投資をするべき
国家がどのような政策を取るべきか?私が重視するのは、人的資本(ヒューマンキャピタル)への投資です。汎用技術に関連するエンジニアリングスキルと知識の裾野を広げることで、あらゆる産業分野で技術を普及させることができます。そのためには、専門職化(プロフェッショナライゼーション)が重要です。新しい汎用技術が登場すると、それを普及・標準化するための専門知識やベストプラクティスが求められます。電気が登場したときにも、電気工学の新しい専門領域が生まれたのと同じです。
ここで、「主要産業モデル」と「汎用技術拡散モデル」の違いについて説明します。この2つの理論は、以下の4つの観点で全く異なる予測を立てます。
主要産業モデル | 汎用技術拡散モデル | |
|---|---|---|
技術への影響が顕在化する時間 | すぐに大きな影響が現れる | ゆっくりと時間をかけて影響が広がる |
技術変化のどの段階が最も重要か | 革新的な技術を最初に生み出す段階が重要 | 拡散(ディフュージョン)の段階が勝敗を決める |
成長の広がり方 | 少数の主要産業に成長が集中する | 成長が幅広い産業に分散する |
技術流出防止か人的資本拡充か | 技術流出を防ぎ、天才的な発明家を囲い込む | 技術を拡散するため、幅広いエンジニアリング人材層を広げる |
この違いを、第二次産業革命(1870〜1914年)を事例に検証します。
アメリカの台頭と拡散の時間軸
1870〜1914年、技術革命の進展とともに、経済大国の交代が起こりました。ドイツとアメリカが台頭し、イギリスが衰退していったのです。このグラフが示しているのは、アメリカ
(青線)が第一次世界大戦前に経済的リーダーの立場を確立したという事実です。特に、生産性指標に関してアメリカはイギリスを凌駕しました。
転載:https://worksinprogress.co/issue/the-decline-and-fall-of-britain/
(Ding氏が投影したスライドをもとに近似のグラフを転載しています)
ただし、その過程は一朝一夕に進んだわけではありません。 アメリカの躍進の背景には、「拡散の時間軸」が大きく影響しています。
電化の影響
前述の通り、電気がアメリカ経済全体の生産性向上に注目し始めたのは1914年以降のことです。また、その他の技術についても、実際に生産性向上に寄与するまでには数十年を要しました。
つまり、技術革命の効果がすぐに現れるという主要産業モデルの予測は、歴史的には正しくないのです。 特に注目すべきは「互換部品(インターチェンジャブルパーツ)」の普及です。 これは例えば、自動車が壊れた際に、全体を交換するのではなく、標準化された部品のみを交換できる仕組みです。この概念は、他の多くの産業にも広がっていきました。
さらに、金属をより精密に切断・成形する技術の進歩など、これらの標準化が多くの産業に生産性革命をもたらしました。ただし、この拡散には数十年単位の時間が必要でした。この普及速度が、汎用技術の特徴的な時間軸と一致しているのです。
アメリカはイノベーションを独占していなかった
さらに興味深いのは、アメリカがこの分野でイノベーションを独占していなかったという事実です。イギリス電気技術者協会(British Institute of Electrical Engineers)の記録によれば、イギリスも「発明の才能ではアメリカに引けを取らない」と述べています。ですが、実用化と拡散の段階でアメリカは優位に立ったのです。
当時、イギリスはアメリカに調査団を送り、なぜアメリカが先行しているのかを調査しました。その答えは、適応力と拡散力、すなわち技術を産業全体に広げる能力がアメリカは突出していたのです。成長は特定産業に集中せず、広く分散していました。
では、なぜアメリカはこの拡散でリードできたのでしょうか?それは、機械工学の人材層を育成することに成功したからです。イギリスやドイツは、これに追いつくことができませんでした。
一方で、化学産業では異なる展開がありました。アメリカは優秀な学生をドイツに送り、化学の博士号を取得させていましたが、最終的には化学工学(Chemical Engineering)という新しい分野を確立し、化学技術を他の産業分野にも大規模に展開できる能力を身につけたのです。
現代への示唆:米中AI競争と汎用技術拡散モデル
最後に、ここまでの議論が米中間のAI競争に対してどのような示唆を与えるのかをまとめます。
まず、時間軸の展望から見て、ハーバード大学ベルファー科学・国際問題研究センター所長のグレアム・アリソン教授や、グーグル元CEOのエリック・シュミット氏らは、「AIの影響は今後10年以内に顕在化する」と予測しています。他方、汎用技術拡散モデルに基づくと、影響が生産性統計に現れるのはさらに数十年後と考えるべきです。
次に、競争原理の観点についてです。これまで述べてきたとおり、イノベーション競争(研究開発投資、フロンティア企業、最先端の大学などを指標とする競争)と、拡散競争(世界中で生まれた技術を自国に取り込み、大規模展開できるかを競うもの)の二つの軸が存在します。
この点で、中国は圧倒的な優位性を持っているわけではありません。情報通信技術(ICT)の拡散度に関しては、中国は中程度の位置に留まっています。
米国の強みは、AIエンジニアを育成する大学の数(米国159校、中国29校)と、産学連携や技術エコシステム全体で共有されるアイデアの数にあります。米国はこれらの分野において、世界をリードしているのです。対照的に、中国はこの点に課題を抱えています。
現状のアメリカのAI競争戦略は、主要産業モデルに基づき「技術流出防止」に注力しています。いわば「アメリカを要塞化する」発想です。しかし、汎用技術拡散モデルに基づけば、いかに早く拡散を進めるかが鍵となります。もし拡散のタイムラインが長期にわたるなら、技術に対する信頼を構築することが不可欠です。
新技術への信頼構築は持続的拡散に不可欠
ここでAIガバナンスやプライバシー保護の役割が重要になります。
歴史に目を向けると、1891年にホワイトハウスに電灯が導入された際、当時の大統領夫妻は電気を恐れ、自らスイッチを入れることができなかったというエピソードがあります。新技術への信頼構築は、持続的な拡散に欠かせない要素なのです。
ご清聴ありがとうございました。歴史を巡るこの旅にお付き合いいただき感謝します。このテーマに興味がある方は、ぜひ本を手に取ってみてください。ありがとうございました。
関心のある方は以下の情報もご覧ください。
Jeffrey Ding: AI and the Rise of Great Powers
AI Governance Initiative Book Talk: 'Technology and the Rise of Great Powers' with Jeffrey Ding
以上
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